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朝井リョウ『ままならないから私とあなた』の紹介&感想。

2021年9月6日



朝井リョウさんの、小説としては11作目の作品『ままならないから私とあなた』を読みました。作品の紹介と、初読後の感想、あらすじ&個人的に気になった箇所(引用)をまとめます。


紹介文

正しいと思われていることは、本当に正しいのか。読者の価値観を心地よく揺さぶる二篇。

「レンタル世界」
先輩の結婚式で見かけた新婦友人の女性のことが気になっていた雄太。しかしその後、偶然再会した彼女は、まったく別のプロフィールを名乗っていた。不可解に思い、問い詰める雄太に彼女は、結婚式には「レンタル友達」として出席していたことを明かす。

「ままならないから私とあなた」
成長するに従って、無駄なことを次々と切り捨ててく薫。無駄なものにこそ、人のあたたかみが宿ると考える雪子。幼いときから仲良しだった二人の価値観は、徐々に離れていき、そして決定的に対立する瞬間が訪れる。 天才高校生と呼ばれたあの子は、わたしの、大事な、ともだち。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163904344

 

本の情報

朝井リョウさんの、小説としては11作目の作品。

『ままならないから私とあなた』/朝井リョウ【著】
単行本2016/4/11)252ページ
「レンタル世界」45ページ
・「ままならないから私とあなた」188ページ

『ままならないから私とあなた』(文春文庫)/朝井リョウ【著】
文庫本2019/4/10)294ページ
・「ままならないから私とあなた新章加筆
・解説は、Base Ball Bearの小出祐介氏

 

初読後の感想

レンタル世界

所有する世界と、レンタルする世界。ミニマリズムというスタイルは、耳にするようになっているし、サブスクリプションというサービスからは、抜け出せなくなっている。レンタル出来るものが増えたし、レンタルする人が増えた。レンタルという言葉は前からあったが、レンタル(する)世界も少しずつ当たり前になってきている。

この世界に登場した「レンタル友達」という存在。その実を知らなければ「誰々さんの友達」で終わる世界。しかし、その実は「誰々さんの(その誰々さんがどこからかレンタルしてきた)友達(役の人)」だった。ある出来事をきかっけに、世界が曝け出され「レンタル友達」という世界を知ってしまった。さっきまで自分の信じていた世界が、世界の全てではなかったと知ることになる。

その実を知ってしまった人は、どう思うのだろう。これからどうするのだろう。

「レンタル友達」まで雇って、何がしたかったのだろうか。曝け出されてしまった世界で「レンタル友達」を雇うことは仕方がない選択だったと、どのくらいの人が思うことが出来るのだろうか。「レンタル友達」を雇ってまで、元の世界をなんとか守ろうとしていた、ということなんて知る由もない。

他人の考えていることが本当に理解できないということを、突きつけられる場面ってのがある。自分の信じてきた正しさでは測れない類のものが突然訪れた時、想像力が試されている、ということは思いもしない。自分の地盤が揺らいでしまいかねないから、自分にとっての正しさを疑うことは、とても難しい。

自分の身勝手な正しさで、その人が大切にしようとしているかもしれないものを、外に追いやってしまわない想像力があるかどうか。誰かと共に生きて行くために、そういった想像力を日々養っていく必要があるのかもしれない。

しかしながら、生きていると、その想像力を養おうとするよりも遥かに早く、選択を迫られるということばかりである。選択をするのか、選択をしないという選択をするのか。ひとりでいる時、物語は少しだけ手助けをしてくれるかもしれない。

追記:映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』を思い出しました。

 

ままならないから私とあなた

どうしてかは分からないが、仲の良い友達というのがいる。これも何故だかは分からないが、その友達と一緒にいると楽しいと感じる自分がいる。ノリが合うということかもしれない。その場のノリで、なんていい方をすることもあるが、ノリを共有していると楽しいということがある。

その友達には、自分以外に友達と言える存在があまりいない。自分だって、そんなに友達が多い方ではないが、その友達を見ていればわかるくらいには友達をしているし、それくらいには成長してしまった。

そんな友達だが、その友達には魅力的なところがある。羨ましく思われるところがあるし、他人の目を引くところがある。でも、自ら他人を寄せ付けないところがある。本人は、それでいいのだと言う。それがその友達の信じるところらしい。

だからこそ思う、どうして自分とその友達は仲良くなったのだろう。

思い出してみると、そのきっかけは、些細な偶然だったりする。例えば、偶々家が近くて忘れ物を届けたからだとか、偶々好きな音楽が一緒だったからだとか、そういうことだっただろう。そこから、少しずつ体験を共有すると、ただの友達以上に思えてくることだってある。だから思い切って、秘密を共有したのだろう。

ふたりには、それぞれに目指す目標があった。友達同士、お互いを当然のように疑うことなく応援し合って、それぞれがそれぞれ目標に向かって進んできた。結果としては、その友達は上手く行ったけれど、自分はそうではなかった。そんなことはある。それでも、この関係性は続いた。

だけど、今まで言えなかったことがある。

ノリが合うとノリに流されてしまう。でも、長い付き合いをしていると、似ていないところは徐々に濃さを増してくることがある。似ていない、違う、ただそれだけだったら良かった。

お互いに応援し合ってきたけれど、こうしたい、ああしたい、その着地点が違った。目指すものが違うから、着地点が違うのは当たり前なことかもしれない。だけど、こんなにもズレていることがはっきりした今、これまで言えなかった感情が噴出してしまう。

そうじゃないんだ。

人は望む世界のために努力する。そんなことは当たり前に経験してきた。だからこそ、お互いに譲れなさがある。人の数だけ望む世界がある。お互いに突きつけられた、それぞれが望む、それぞれの世界。それは、望む世界なのだろうか。

そうじゃないんだ。

思い通りにはならない人間関係。思い通りにはならない「から」人間関係。この違いはとても大きいかもしれない。ままならない「から」私とあなた。絶対的に正しい世界があるとは言えないなかで、望む世界が違った時、共に生きるためには、どうしたら良いだろうか。諦める方がお互いにとって良いという選択もある。「から」の少し先の世界で、もう少し一緒に考えてみたい。共に生きたいという思いは一緒で、ふたり同じ望む世界だと信じたい。

 

あらすじ&個人的に気になった箇所(引用)

レンタル世界

主な登場人物:雄太、高松芽衣、野上先輩、ミイミ、真由佳、伊織さん

雄太は、考える前に動くタイプで、底を見せることで信頼関係を築き、それが本物の繋がりだと思っている。その雄太が、ある結婚式に出席し気になっていた、ナントカヨウコ(倉持曜子)と偶然出会う。それは「レンタル友達」としての偽名で、高松芽衣と名乗る彼女。

その彼女が、結婚式に「レンタル友達」を雇う理由を、日本人の信じる間接的な評価っていうのが確かにあって、結婚式に来てくれる友達がいないなんて言い出せないってことがあると言う。その「レンタル友達」を雇う理由について、全く理解できない、間違っていると言う、雄太。だけど、これでやっと対等に話せる、自分のモットーである、さらけ出すことで仲良くなれると話す雄太に、困惑する高松芽衣。そして、高松芽衣はこう答える。

その数時間さえしのげればどうにかなるってことが、世の中にはたつくさんあるの。そうあるべき自分を作ってくれるものを数時間でもいいからレンタルして、それで誰も傷つかずに済むんだったらそれでいいじゃない。(中略)レンタルで何かが根本的に解決するなんて私も思ってない。だけど、その場をしのいだ先に解決の糸口が見つかるかもしれないでしょ(p.31)

それに対して、雄太はこう思う。

この人の考え方を変えたい。ふいに、俺はそう思った。(中略)おこがましいともいえるような感情だった。だが、強烈にそう思ったとき、俺は高松さんに本気で惚れているのかもしれないとも思った。(p.32)

ここまでが物語の前半くらいで、ここからの話の内容は割愛し、後半から個人的に個人的に気になった箇所を引用します。

雄太が調べてきた、レンタルを利用する人の、レンタルを利用する目的。それは、大きく二種類あるという。

ひとつは、レンタルするのが恋人でも友人でも、とにかく疑似的な人間関係を楽しむため。(中略)自分で自分を騙すために他人をレンタルする(中略)もうひとつは、(中略)第三者のいる特定の場面を乗り切るため──つまり、第三者を騙すために他人をレンタルする(p.38-39)

雄太と高松芽衣が、また会話をするシーンでの、高松芽衣が放つ言葉。

心の中全部見せ合って、欠点も何もかも許し合って、肩組んで手つないでって、そうしないと人との関係って築いちゃいけないの?(中略)みんな、まともに見られたいんだよ。そんなの当然じゃない。(中略)確かにレンタル業は本物の人間関係じゃないよ。でも、誰かをレンタルしたことによって、別の誰かとやっと築き始めた本物の人間関係の芽を守れるかもしれないんだよ。(中略)お互いに絶対にウソをつくべきでない、何もかもさらけ出し合えばきっと理解し合えるはずなんていう窮屈な思い込みが、誰かのなけなしの一歩目を踏みにじってる可能性だってあるよ(p.53-54)

 

ままならないから私とあなた

主な登場人物:香山雪子、吉野薫、渡邊友哉

弾く人や聴く人によって変わるピアノを弾くのが好きな香山雪子(ユッコ)と、答えがひとつではっきりしてて気持ちいいから算数が好きな吉野薫(カオルちゃん)。

小学生から好きなものが違うふたりは、やがて中学生になり、雪子は、ピアノが好きだから音楽科のある高校への進学を考えていた。それから、渡邊君に恋をしていた。彼の隣にいる存在に嫉妬し、その感情をピアノにぶつけていた。一方で薫は、勉強していたプログラミングで文化祭の開会式の演出を自分が手掛け、それを十分にやってのけるという経験をする。雪子の変化に気づいた薫は、好きな人ができることに、体調が悪くなるならおかしいし、やめたほうがいいという考えだった。でも、あの時の嫉妬を表現した雪子のピアノの録音を聴いて、切なかったと、感動する。その時、嬉しいと感じ、曲なら伝わるのかもしれないと思うのだった。

その後、雪子は、曲をつくれる人になりたいと、音楽科のある高校に進学し、学校は意味ないと言う薫も、効率がいいからと高校へ進学した。それぞれの時間を過ごしながらも、曲を作ったら薫に聴いてもらうことが当たり前になっていた。雪子は、薫にも聴いてもらった曲を作曲のコンクールに応募した。薫は、プログラミング系の全国学生発明家コンテストに作品を応募していた。

薫は、演者の癖から演者らしい演奏を生成するソフト『おうちでピアニスト』で、グランプリを受賞した。技術が発展すれば、有名な演奏家の動きを自分にインストールすることが出来る、出来ないことがなくなっていくことは素晴らしい、とテレビのインタビューで答えた。スランプだと言っていた雪子の夢を叶える力になりたくて『おうちでピアニスト』を作っていたと言い、こんな私と仲良くしてくれてありがとうと雪子に伝えた。だけど雪子は、私にしか鳴らせない音で、私にしか作れない曲を生み出したいと思うのだった。

ここまでが物語の三分の二くらいで、ここからの話の内容は割愛し、残り三分の一から個人的に気になった箇所を引用します。

テレビのインタビューを受けた薫の放送を見た雪子。

できないことができるようになっていくなんて、もちろんワクワクする。世の中はどんどん便利になっていくし、目標の達成に費やす時間や手間だって大幅に省ける。だけど、だからといって、これは意味がないから、これは無駄だから、とあらゆるものを削ぎ落としていったら、そこに残るのは、誰にとっても必要なもの、誰にとっても意味があること、それだけだ。たったそれだけを身に付けた私たちは、確かにあらゆることが無駄なく遂行できるようになっているかもしれないけれど、きっと、心も体も同じ形をしている。そうなると、重なり合ったところで、何の発見も、影響も、与え合うことができない。自分自身では引き起こせない感情の揺らぎに、出会うことができない。(p.191)

そして、こう続ける。

誰と同じにもなれないから、私は誰かの何かを探り当てたい。

薫ちゃんは、薫ちゃんだけが持つその胸の形で、どうにもコントロールできない気持ちが引き起こされる人がいることを知っているのだろうか。そして、その胸の形に誰かが触れたとき、自分ではコントロールできない気持ちが自分の中に生まれることを、知っているのだろうか。知るつもりがあるのだろうか。それこそが、薫ちゃんを薫ちゃんたらしめている一部分を形成しているかもしれないことを、知っているのだろうか。知るつもりがあるのだろうか。想像すらしていないのだろうか。(p.192)

大事なコンペのために作った曲の最終アレンジを聴いてもらいに来た雪子に、雪子の夢のためにと続けてきた独自の研究の成果を披露する薫。

雪子「何でこんなことするの?」(中略)「私がずっと、目指してた夢、知ってるよね?」(中略)「私は、自分の力で、夢を叶えたいの」(中略)「曲を弾くことも、曲を作ることも、私は、自分の力で、達成したいの」(p.234)

それに答える、薫。

薫「でも皆、自分の人生しか生きたことがないから、そのたった一例を否定されるのが嫌なんだよね。だから、新技術って嫌がられるの。この新しいプログラミングソフトでこんなこともできますよって発表すると、一定数の人から、ものすごい拒否反応が出る。必ず」(p.236)

薫「それって、今までの自分のやり方を否定されたって思うからなんだろうね。自分の人生を否定されて、怖くて仕方がなくなって、自分を脅かしかねないものはとりあえず拒否する。これまでできなかったことがどんどんできるようになるかもしれないのに」(p.237)

ここから話はさらに展開して行く。

「何でも、簡単にできるようになればいいってわけじゃないよ」(中略)「簡単にはできないからこそ、大切なものってたくさんあると思う」(p.237)

「意味がないこととか、無駄なこととか、新技術で簡単に省けちゃうようなことにこそ、人間性とか、あたたかみとか、そういう言葉にすらできないような、だけどかけがえのないものが宿るような気がするの。薫ちゃんは、そんなの非合理的だとか、無駄だし意味がないって笑うかもしれないけど、だけどそれでも、そこに、私たち人間にしか感じられない、大切なものがあるような気がするの、私はそう信じたいの。せっかく人間に生まれて人間として生きてるんだから、それが甘えでも何でもいいから、そう信じたいの」(p.241)

「……薫ちゃんは、自分にできないものがあることが、怖いんじゃないの?」(中略)「自分でコントロールできないものとか、どうなるのかわからないものとか」(中略)「自分の予想通りに動いてくれないものが、怖いんじゃないの?」(中略)「そういうものを、意味がないとか、無駄だとか言って、遠ざけてるんじゃないの?」(p.242)

それに答える、薫。

「ずるくない?」(p.242)

「みんなそうなんだよ。自分に都合のいいことだけはちゃっかり受け入れてるんだよ。そのくせ自分を脅かしそうな新しい何かが出てくると、人間のあたたかみが〜、とか、人間として大切な何かを信じたい〜とか言って逃げる。攻撃したらこっちが悪者になるようなただただ正しいだけで全く何も前進しない主張を掲げて、新しいものを試しもしないですぐに逃げるんだよ。変化していく社会に理解がある顔して、自分だけは自分のままでいたいんだよ。ずるいよそんなの、何なんだよマジで」(p.244)

確かに、合理性によって省かれる人間的なものはいっぱいあるかもしれないけど、その代わりに、これまでになかった新しい人間的な何かが生まれる。そうやって巡ってきたんだよ、今までも(p.245)

「確かに、『おうちでピアニスト』も今回作ったソフトも、音楽業界から何かを奪うかもしれないよ。だけど、これまで正しいと思われてきただけの何かが奪われたあと、全く新しい、次の時代にとっては正しいかもしれないものが生まれる可能性だってある。新しいものって、生まれたその瞬間は、いい方向、悪い方向、どっちに作用するか誰にもわからないんだよ」(p.245)

「誰にもわからないんだったら、私は、自分で試したいの」(中略)「試して、自分たちにどんな作用があるのか、ちゃんと知りたいの」(p.245)

雪子は思う。

私たちはこれまでずっと、背中合わせの状態で手をつないでいた。だからこそ、交わし合うべき言葉がたくさんあった。今この時間が、お互いを傷つけるために存在しているわけではないということは、お互いが一番わかっている。(p.245-246)

薫がアプリで出会った人と結婚したことと、雪子と渡邊君の関係について。

「ユッコと渡邊君の出会いのほうが、私と旦那の出会いよりも偉いの?子どものころからの友達と結婚するほうが、大人になってアプリで出会った人と結婚するよりすごいことなの?正しいことなの?ネットで出会うより、偶然落としたハンカチを拾って連絡先交換するほうが尊いの?結果的に大切な人に出会えたつてことは同じなのに、人が人と出会うことに差なんてあるの?」(p.247)

それから、雪子の言葉。

「偶然だったから、愛しいんだよ」(中略)「ねえ、薫ちゃん。人と人との関係だけは、効率とかじやないんだよ。それだけは絶対に合理化できないし、何も省けない」

「自分じゃない誰かのことを理解したいって思ったり、理解しようといろんなことしてみたり、失敗したり、そのうえですごく好きだって思ったり、相手からもそう思われてることがわかってどうしようもなく嬉しくなったり、愛しくて尊くてたまらなくなってむしろ嫌いになりそうなことが起きたり、心には触れられないからせめて体に触れたくなったり……そういう部分はやっぱりどうしたって合理化できないし、どこかのプロセスを省いたりとかもできないんだよ。失敗しまくるんだけど、改善方法もないの。ぶつかるしかないの、これからどうなるかわからないことに、ぶつかっていくしかないの」(p.248)

「確かに、できるようになったほうがいいことっていっぱいあるけど」(中略)「できないこととか、わからないこととか、コントロールできないこととか……そういうものが自分にもあること、そんなに怖がらなくていいんだよ」(中略)「誰でも何でもできるようになったら、皆同じになっちゃうから。ままならないことがあるから、皆別々の人間でいられるんだもん」(p.249)

 

『ままならないから私とあなた』/朝井リョウ【著】

 


『ままならないから私とあなた』/朝井リョウ【著】



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ゆきひこ

言葉の渦に溺れがちですが、それでもなんとか呼吸するために、言葉を書いています。潔く憂鬱。

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